「家族葬」 

 5月13日早朝、入院中の祖母の容態が急変し、数え93歳で旅立ちました。
祖母の母、私から見れば「ひいばあちゃん」は96歳で、
祖母の姉は94~5歳(どっちが数えの年齢か忘れましたが…)で、
どちらかというと長寿な遺伝子の家系でしたが、
残念ながら「祖母」の母の「ひいばあちゃん」の年齢を超えることは出来ませんでした。

 祖母は、生前の冗談交じりではありましたが、葬儀の際は
「あーして欲しい」
「こうーしてほしい」という祖母の要望があったため
その遺志により「家族葬」となりました。
 そのため、お知らせもせず・・・。

当初、葬儀屋さんはじめ、一部の親戚からも
「会社」の名前があること、
家族が色々な団体に関わっていることなどから
「家族葬」では云々・・・とか
「自宅」で通夜・告別式を行うのは云々とか…
諸々お話をいただき、やむなく祖母の遺志から
はず入れた部分もありましたが、
大方は祖母の遺志にのっとって行いました。

祖母が生前口にしていたのは
・派手な仏壇は要らず、質素な中で身内で見送って欲しい
・菊の花は嫌いなので菊は要らない。
 白い花がいい。
・お棺にふかふかのお布団を敷いて欲しい
そんな感じのものでした。

 家族葬のお知らせは
・ご近所数軒、
・祖母が何十年と一緒に仲良くしていた友人、そしてその身内の方
・祖母の親戚筋
・祖母の子ども、孫・・・
など。

 色々ご忠告あったけれど、祖母が一番誰に見送って欲しいのかを考えたら
やはり、家族葬で良かったのだろう、そして祖母の遺志に従い正解だろう思います。
 親戚、親友、子ども、孫、ひ孫など、総勢30数名での通夜と告別式。
(お悔やみをいただた方はほかに幾人か居られましたが、
 葬儀屋さんや一部親戚のご忠告のようには大勢は来ず)

 本当に祖母を知っている人だけが、
祖母の思い出話をし、また和やかに、賑やかに
祖母を送り出せたこと、ほんとに良かったと思いますし、
日本古来のもともとの故人を送り出すというのは
こういうことではないのかな、と改めて思いました。

久しぶりに多くの親戚とゆっくり話をすることが出来、
久しぶりにいとことゆっくり話をし、
いとこの子どもの成長を垣間見ることが出来、
大人数だったら、そんな時間もなかったろうにと・・・と思います。

最期は自宅に戻れなかった祖母ですが、49日法要までのしばしの間、
自宅でお仏壇でくつろいでもらいます♪






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コメント

重箱石さんへ

ありがとうございます。
故人の希望を叶えることって意外に大変なんだとも実感しました。
でも、両親は故人の希望を限りなく貫きました。
初七日過ぎて祭壇もまた変わりましたが、相変わらず祖母の希望した
白いお花がたくさん飾られています♪


> おばあさんの、ご冥福をお祈りします。
>
> おっしゃる通り、家族葬ってのが基本なんでしょうねー
> 現代って、仕事や付き合いが広いから、葬儀は結婚より広く、お知らせしなくちゃならない。
>
> オラの兄が亡くなった去年の3月12日
> 震災の次の日
> おじさん、おばさん、いとこ
> これで十分に送り出せます
> 電気もない、ガソリンない、食べ物ない、そんな状態だったけどねー

おばあさんの、ご冥福をお祈りします。

おっしゃる通り、家族葬ってのが基本なんでしょうねー
現代って、仕事や付き合いが広いから、葬儀は結婚より広く、お知らせしなくちゃならない。

オラの兄が亡くなった去年の3月12日
震災の次の日
おじさん、おばさん、いとこ
これで十分に送り出せます
電気もない、ガソリンない、食べ物ない、そんな状態だったけどねー

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まとめtyaiました【「家族葬」】

 5月13日早朝、入院中の祖母の容態が急変し、数え93歳で旅立ちました。祖母の母、私から見れば「ひいばあちゃん」は96歳で、祖母の姉は94~5歳(どっちが数えの年齢か忘...
  • [2012/05/19]
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