小さな手 

 先週、5日間ほど小学2年の姪の春の体験水泳教室に通った。
今回は3~4歳児の参加の子も多く、プールに来るまではテンション高いが、着替えると号泣…みたいな感じだった。
 ロビーから見える一番手前のコースがその子どもたちのグループの場所らしく、5日間否応なく他所さまの子どもの成長の姿を見続けることが出来た。

 1日目の小さい子のグループは体験者6名くらい居たように思う。
そのうち、2名は号泣組。
1人は男の子で、号泣し脱走をはかり、なんどもコーチに抱っこされて引き戻されていた。
もう1人は女の子で、号泣しながらもコーチのいうことは聞いていた。
3歳児レベルですでに女の子のほうがしっかりしているのだな、と実感する場面でもあった。

 2日目、ちょっと可愛い出来事があった。
ロビーで見ていた保護者の一部は感嘆の声をあげたのだが
号泣している女の子の手を、同じ年齢位の女の子が手をつないで連れてくのだ。
その女の子は、自分がプールから上がると、次に上がってくる号泣している子に
無言で手をさしだし、号泣している子は無言でさしだされた手に自分の手を託すのだ。
その行為が幾度となく繰り返されていく。
いつしか、その女の子2人は何かとすぐ手をつなぐようになっていた。
男の子は、この日も相変わらず脱走を企て、何度もコーチに抱きかかえられ
プール際に引き戻されていた。

 3日目、新たに4~5歳の女の子は加わった。
が、この女の子も実は号泣組だった。
ただし、一旦プールに入ってしまうと、落ち着くのだが、それまでが
なかなか…。
 で、またしても、ここで可愛い出来事が。
2日間号泣していた女の子に手を差し出していた女の子が
自分よりも2つ3つ上であろう、号泣している女の子に再び手を差し伸べたのだ。
号泣している子は、その子の手に自分の手を託し、プールから上がった。
気が付けば、みんな泣き止んでいた。
 脱走をはかっていた男の子は、コーチに慣れたのか、
脱走をはかりつつも、名前を呼ばれれば自分で戻ってくるようになった。
 女の子は、もう泣くことはなく、率先してプールに入っていた。
3~5日間と体験期間が選べるため、2日間号泣していた子は3日目で最後だった。

 4日目から、小さい女の子は、自分がプールから上がると
前日号泣していた年上の女の子がプールから上がってくるときに手をさしだし、
年上の女の子は素直にそのさしだされた手に自分の手を託すのだ。
 脱走を企てていた男の子は4日目で終了だったが、
笑顔でプールに入るまでになっていた。

 5日目には若干小さい子のグループの人数は減ったものの
みんな笑顔だった。
 そして、水に顔をつけている。
両腕に浮き輪をつけ、ぷかぷかと浮いているのだ。
初日、水に入るのがおっかなびっくりの子どもたちが
ぷかぷか浮いているのだから、「さすがコーチ!」と叫びたくなるが
子どもたちの中に芽生えた小さな仲間意識も要因なのだろうと思う。


 5日間、小さな女の子が、号泣している子にさしだした手。
このさしだされた小さな手に、素直に自分の手を託した女の子たち。
このさしだされた小さな手で、かなり救われたに違いない。

 小さいながらに、泣いているほかの子をなんとかしたいという
言葉もままならない子がさしだした手。
このさしだされた手に自分の手を託した子は
きっと、今度はいつか自分が手をさしだす側になるだろう。
いや、そうあってほしいと思う。

この子たちが大人になったとき
さしだす手、託す手
それが純粋で当たり前の世の中であってほしいと思った。

そして、そういう世界を今の大人たちは
作っていかなければならないと…。

ただ、
これは誰かに教えられて…
或いは誰かに教えるものではなく…
自分で感じ、行動していかなければ意味はないのだ。






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